2019年9月4日水曜日

永遠の10歳

ハンダラ(handala)というキャラクターをご存じだろうか。パレスチナ出身の政治漫画家で社会風刺画を描き続けていた、ナジ・アル・アリの代表的キャラクターだ。
このキャラクターを初めて目にしたのは、パレスチナ到着初日、ホストから渡された家の鍵についていたキーホルダーだった。パレスチナ国旗の横に、いがぐり頭のぼろを着た少年が後ろ手に拘束されているように見えた。

その夜、ホストに「このパレスチナ国旗の横の少年は誰なんですか?」と聞いた。「それはハンダラといってパレスチナを象徴するキャラクターなんだ」と言い、ペンをとってハンダラを描き始めた。僕は黙ってその様子を見ていた。「彼はパレスチナを去った10歳の少年で、ぼろを着て手を後ろにしている。しかも裸足だ」「拘束されているわけではないのですか?」「いや、そうではない。これには複雑で特別な意味があるんだ。ハンダラはパレスチナ人の漫画家、ナジ・アル・アリのキャラクターなんだ」それから、彼の話は第1次中東戦争から現在までのパレスチナの変遷と現状について及んでいった。

後日、タクシーの中から、壁に描かれた「ハンダラ」を見つけた。それから、妙にこのキャラクターが気になり、ハンダラや、その作者ナジ・アル・アリについて調べてみた。

彼はパレスチナ人の苦しみと抵抗を描いた政治漫画家だ。特に興味を持ったのはその苦しと抵抗が「イスラエル」だけでなく「イスラエルの不法占拠」「パレスチナの指導部」「アラブの体制」をも批判しているということ。最終的にイギリスで暗殺されるまで、4万枚の政治漫画を描き続けたという。

ハンダラや、その周辺のことを調べていくうちに、ホストが「とにかく、凄く複雑なんだ」とか「(イスラエルだけではなくて)ハマスもファタハ(パレスチナ政府)も大嫌いだ」という言葉が少しだけ理解できた気がしたし、バスで壁を超える時に見た、イスラエル兵のパレスチナ人に対する厳しい態度。それに従順に従うパレスチナ人。一方で壁の外に出ることすらままならないパレスチナ人が大勢いること。今でも続く不法占拠や殺戮の起こる理由の複雑さが、ぼんやりと見え始めたような気がした。

ハンダラが背を向けて後ろで手を握りしめているのは「外部からの解決策を」拒否したことを表しているという。そして、裸足でボロを身にまとっているのは、貧しい人への忠誠を表しているのだ。

イスラエルも嫌いだが、解決策を見いだせず(私腹を肥やす)パレスチナ政治指導者への不満もある。そして周囲のアラブ諸国が同じアラブの仲間として、パレスチナ問題に有効な支援ができないということにいら立ちもあろう。果ては、パレスチナを国家として承認する国とそうでない国があるということ。そういうこともあって、彼は背を向けて後ろで手を握りしめているのである。

パレスチナでの撮影初日に「どこから来たの?中国?」「隣の国だよ。当ててみて」「ああ。日本か」とここまでは良かったが「日本はパレスチナを国家として認めていないよね。中国は認めているけど」と言われた。G7加盟国は、パレスチナを国家として承認していない。「すまないと思う。日本はパレスチナだけでなく、台湾もそうなんだよ。帰国したら承認するように言っとくから」彼は嬉しそうに笑った。

昨年(2018年)の外交防衛委員会における河野外相の「日本政府として、いずれかのタイミングでパレスチナの国家承認をするというのが方針でございます。今、我々が検討しているのはそのタイミングの問題でございまして、これは一度しか切れないカードでございますから、和平を進展させるために最も効果的なタイミングでこのカードを使いたいというふうに思っております」という言葉を信じたい。

翌日、知り合いになった土産物屋に行った。お兄さんに硬貨を見せた、出国前に硬貨はできるだけ減らしておきたいから。でも「これはシェケルだけれども、ここでは使うことはできない。これはイスラエルのお金だ」と。バスでもらうおつりを支払いに使おうとすると拒否されることが間々あった。

旅も二日という時になって、硬貨の後ろに、ユダヤ教の宗教儀式で使われる「メノラ」が刻まれているかららしいことが分かった。彼らのこの硬貨に対する嫌悪の原因はこれなのかもしれない。結果的に最後の両替所でも取り扱ってもらえず、10枚の硬貨が残ってしまった。8枚は「メノラ」、2枚はダビデ王の楽器「キナー」が刻印されている0.5ディナール硬貨。パレスチナの人たちのささやかな抵抗なのかもしれない。

さて、どうしても「ハンダラ」を日本に持ち帰りたくなった私。ただ、出国時も金属探知機やX線で荷物を検査される。携帯やカメラに残っている写真を確認して、パレスチナの独立を応援している嫌疑がかかるや否や、ボーダーコントロールで大変なことになると聞いていた。実際、出国前日までにパレスチナで撮影した動画や画像は全てクラウドに保管し、端末から消去した。また、最悪の状況を考えて、詳細を書いた日記は全てPCのファイルに保存し隠した。

ただ、ホストの描いてくれたハンダラのイラストと、このキーホルダーだけはどうしても隠せない。紙は医師の書いてくれた薬の処方箋に紛れ込ませた。ただキーホルダーはX線で丸見えだろう・・・。

見つかったときの言い訳も考えた。「僕は1週間滞在のツーリストです。ユダヤ人とパレスチナ人のこれまでの歴史もそれなりに知っています。また、このキーホルダーはイスラエルだけを批判するものではないと聞いています。僕はこのキーホルダーを身につけて。この地域の持つ複雑な歴史から世界の平和を考えたいのです」

が、結局、出国手続きは笑顔で「楽しかった?」「ええ」そんだけだった(笑)

画像
1枚目「ハンダラ」と現地での行動計画書。
2枚目はホストの描いてくれたハンダラとキーホルダー。
3枚目はパレスチナで受け取り拒否された硬貨たち。

最後に、ハンダラは故郷に帰ることができるその日まで、永遠に10歳のままなのだそうだ。作者は亡くなったが、いつか青年になったハンダラを見ることができればいいなと思っている。