2019年9月26日木曜日

権力

9月22日(エジプト・ギザ)

どうやら言論統制は本当らしい。昨日からフェイスブックメッセンジャーとLINEに、まるで通信障害のような症状が出ている。確信したのはAFPやCNN、BBCといった大手通信社の「大統領退陣要求デモ」についてのニュースにアクセスできなくなっているということ。また、ムスリム同胞団が絡んでいると言われるアルジャジーラ・エジプトにもアクセスできない。共産圏ではないが、こうやって言論や情報統制が行われている状況に出くわして、恐ろしくなった。エアアンドビーや他のアプリはいつも以上にスムーズだというのに。まさかとは思うが、アクセス履歴まで追われていないよなと不安にもなった。

権力というのは、それが正義のためだとか違うとか関係なしに、情報統制を行い、言論統制を行い、検問で市民の中にある反対勢力を取り締まろうとするのだ。読めたニュースはBBCをソースとした共同通信からの記事のみだった。流石に、日本語までは規制できなかったらしいが、英語やフランス語。アラビア語の記事を見ることはできなかった。

市民生活が困窮する中、大統領が私腹を肥やし自身のために豪邸を建設している。二日前の金曜日、カイロ市内はもちろん、全国各地で、そういう大統領に退陣要求のデモがあったと。ところが、エジプト政府はデモを否定しているという。

訪問前、エジプトのでのシシ大統領の支持率は80パーセントを超えるという記事を読んでいた。そして、訪れると5年半前のカオスの様なカイロ市内は見違えるように変わっていた。

カイロに平和が訪れたと思っていた。小さな自爆テロがニュースになるようになった。5年前は人が1人2人死んだぐらいではニュースとして取り上げられることはなかったのだ。観光地には日本人を含め、多くの外国人が訪れ、ガイドの数が足りないほどだという。そんな活気にあふれる状況とは別に、市民は物価の高騰と賃金の低さの中で苦しんでいるという。そして、運転手は「観光客や一時的な滞在者には分からないだろうけど、いろいろな問題があるんだ」と言った。問題のない国はない。それはこれまでの旅から間違いなく言える。その中で、市民は何を考え行動し、政治家(権力を握るもの)はどの様に振る舞えばいいのだろうか。

シシ大統領は自身の大統領任期を延長する法案を成立させた。これは独裁者としての常套手段だ。ただ、スエズ運河の改修や、為替介入で自国通貨安を誘導し海外からの企業誘致や投資を目論んでいるという。長期的に国づくりを考えて、安易にポピュリズムに走らない政策なのかと思っていたが、言論統制や情報規制を目の当たりにして、権力の恐ろしさを「生まれて初めて」肌身で感じた。その気になれば何でもできてしまう。それが権力なのだ。心底怖いと思った。そして、日本の事を思う。あからさまに言論統制は行われていないが、権力者がその任期を延長するような法案を成立させ、国全体が全体主義へ向かって突き進んでいるような気がしてならないのだ。

デジカメや携帯の写真をチェックし、出国時に疑われそうなものを削除した。ネットの閲覧履歴を全て消去し、エジプトでの活動に関するインタビューをグーグルドライブに移し、メディアから消去した。ハッサンさんやヤシンさんに迷惑をかけるわけにはいかない。

ヤシンさんが部屋をノックしてくださった。まず、撮影をさせていただいて、その後インタビューを録った。和やかな撮影の後のショッキングなインタビューの内容。ギャップに汗が噴き出た。

ヤシンさんは英語とアラビア語のバイリンガルで、普段は医療現場で通訳をしたり、また、英語を喋ることができる利点を生かしてビジネスをしている若者だ。インタビューをとる準備をしながら、一昨日に起こったらしい大統領デモについて尋ねると、事もなげに「言論統制」の存在を明らかにし、ノートパソコンでその実態を見せてくれた。度肝を抜かれた。しかも、昨日、ハッサンさんから伺った「ムスリム同胞団」のプロパガンダも認め、さらに現政権のプロパガンダと言論統制についても認めた。そして現政権下での情報統制はもちろん、そのプロパガンダのやり方についても明らかにした。

彼が言うには「金曜日はデモを黙認する。また、逮捕もせずに、外部メディアに対して言論の自由がまるで守られているかのように見せる」のだそうだ。だが、金曜日以外は言論を弾圧し逮捕するという。彼が見せてくれたアンダーグラウンドメディアには200名を超える逮捕者が出たと書かれていた。彼が唯一、信じているのはMAD MASRというメディア。テレビも新聞も全て大統領の統制下にあり、また、トルコやカタールの支援を受けるムスリム同胞団も、所謂、フェイクニュースを流して市民を惑わしているという。報道されていない事実が沢山あり、シシ大統領になってから、確かにテロは減ったが「自分の味方かテロリストか」という極端な分け方で、自分に反抗するものを捕らえたり、国外追放したりしたそうである。難民も大量に出たと。

出回る情報は、もはやフェイクニュースだらけで、どれも信じていないという。

そして、この地域(中東)の未来ににとって最も良い選択も分からないといった。

印象的だったのが、彼の話に宗教の話は全くなく、権力や利権に関わる話が殆どだったこと。そして、現政権は軍事力と直接結びついているので問題の解決が困難だという事も。ハッサンさんは「市民のデモがまず起こり、それを防衛大臣だったシシが助けた。だから、これは軍事クーデターではない」と言い切った。そして日本のメディアが、この一件を「軍事クーデター」と片付けたことに憤りを感じたのだと言った。

しかし、ヤシンさんは「これはクーデターだ」と言い切った。「デモクラシーではなく、力を使ったクーデターだ」と。

最後に一言頂いた。この国をどうすればいいのかわからない。未来も不透明だ。しかし、自分の能力で、しっかりと生活の基盤を築いている。話の中に「truth era」という言葉が出てきた。「真実の世紀」とでも訳せばいいのか。そんな時代が来ることを願っていると。いい言葉だなと思った。

最後に、カメラやビデオ、録音したファイルをクラウドに移して保安検査場を超える約束をして部屋に帰った。

現在、クラウドにデーターを移しながらこの日記を書いている。イスラエルといい、エジプトといい、平和な日本で生まれ育った我々には、本当に信じられないことばかりである。

自爆テロは殆ど無くなった。観光客も戻ってきた。街は小奇麗になり、カオスは去ったように見えた。しかし、また新たな問題に直面し、皆、どうすればいいのか分からないでいる。歴史から学べることは多い。ただ、この中東の抱える問題は、どの時代のどの事柄を元に紐解けばいいのか見当がつかない。アラブの春。民主化革命と言えば聞こえばいいが、この一件が中東に計り知れない縺れとダメージを与えたのは紛れもない事実だ。

革命当初は、SNSを始めとした新たなメディアが中東に良い影響を与え、より良い方向に動いていくのかと思っていたが、その後訪れたのは、混乱と破壊だった。そして、それが過ぎ去ろうとしている今、未来を予測できない時代に突入しているのだ。

シリア人難民の「平和になることはない」という言葉が、現実味を帯びて心の中に浮かび上がる。「truth era」は幻想に終わるのか、それとも現実となるのか。そのために我々がしなければならないことは何なのか。益々、謎は深まるばかりだ。